宇土城<仮称> 篠山市

舞鶴若狭自動車道/丹南篠山口ICを出て東へ…自動車道高架を潜った先「吹新」南方の丘陵麓にある宇土観音・弘誓寺から観音霊場巡拝道が通じる背後の山頂に東屋が建つ。先のブログで宇土砦<仮称>として紹介したところ。
此処から尾根筋に低段差の曲輪・左右に帯曲輪群を見る宇土城北先端部
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其処より槇ヶ峰山頂へと尾根筋に延びる登山道は山麓にある宇土観音弘誓寺からの霊場巡拝道を辿るのが普通だが?、一般的な登山コースとは表現出来ないほど登山者を見掛ける事は少ない。
  城域南端:槇ヶ峰側の二重堀切の一
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まして東屋展望休憩所が,波多野氏重臣:井関氏の吹城を攻める明智方の付城宇土砦<仮称>、東屋から続く尾根筋の槇ヶ峰へ延びるが登山コース途中に、宇土城<仮称>があった…!!?とは。此の宇土城が其の吹城支城だったか?・
  城域南端:槇ヶ峰側の二重堀切の二
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他にも在地勢力の柳本・平林氏等の城であったか、更には明智方が宇土砦とも連動して「八上城の攻略」に西玄関口を守備警戒した城砦であったか等は一切不明。過去に槇ヶ峰から宇土観音へトレースした際は登山だけが目的で気付かなかったが、今まで見過ごされてきた!!?宇土砦や宇土城が、
 城域中程の空堀状と尾根筋の土塁状と東下には腰曲輪・帯曲輪…!!?
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明智光秀の大河ドラマ化(2020年予定)による観光PRの「呼び込み戦法」なのか?、俄に「光秀ゆかり…」を謳われるが…「ゆかり=所縁」の意味がシックリしない。ゆかり→縁(血縁…等)なら、三木・黒井・八上の城主は縁戚関係にあるが、光秀とは信長命の「丹波平定」に従って生じた「因縁か運命」・・・その運命を「ゆかり」と解釈するのだろうか…?「縁もゆかりも」ないのでは…?。
  城域北端付近:尾根筋の段曲輪と東面の帯曲輪
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黒井城・八上城攻めが、光秀にとって高評価される戦いであったとは…? 「麒麟…」と表記されるドラマだけに、一過性の丹波での舞台に登場する事はないのかも?。まして未だ埋もれた本拠城の城砦群や城攻めの付城群の攻防などは、地元PR情報にも現われないと思う…
 城域北端より更に北西の枝尾根にも3-4段の小曲輪を見る
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兵庫丹波に侵攻・荻野直正に追い返され、反対に竹田城さえ奪われた毛利方の山名氏が信長に救援依頼!!、”丹波攻略”の好機を得た信長が明智を大将に黒井城攻めを開始。足利将軍を利用するだけ利用して裏切り追放した信長も勝てば官軍。光秀方で参戦していた波多野氏が黒井城荻野・赤井勢との「呼び込み軍法」に光秀を敗走させたことで八上城攻めも始まった。後に信長を本能寺に討った光秀の行動だけを「謀反」と呼べるだろうか?
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さて:槇ヶ峰側に二重堀切を設けて凡そ:東西の尾根幅30x南北に長さ150mにも及ぶ城域には、尾根筋に幾重にも低段差の小曲輪を積み、城域中程の空堀状が城域の上・下部に区切る。下部は尾根筋の曲輪を左右からの帯曲輪が繋ぐ。上部は東面(篠山盆地・吹城側)にのみ腰曲輪・帯曲輪を見る。

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