西の岩屋山清水寺 丹波市

坂尻川上流にある大きな岩窟があり内部に役行者・不動尊像が祀られている。西の岩屋山清水寺の跡が此処かとばかり思っていたが、篠ヶ峰への東尾根・点名:赤井から南へ延び出す尾根を別けて東の谷筋が坂尻川・西の谷筋が五ヶ野川。
西の岩屋山清水寺跡から権現=如来・菩薩等「本地垂迹」を遷した岩屋神社
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此の五ヶ野川を詰め上がる林道の入口(五ヶ野集落最奥部)に、赤井五郎を葬ったとする「五郎塚」と愛馬を葬った「馬塚」があるが、其の西約150m?程に岩屋神社があり此処より奥へと延びる林道を辿り、林道が途中で左に折れてゆく分岐に
  正月飾り…等に使用される若松育成地は坂尻川にも多い
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「従是本堂十八丁」岩屋山清水寺への町(丁)石で、石塔は女人禁制の結界を具現した顕石か!?。谷沿いから斜面上のトラバース道に移るが急登の連続で直接岩屋山から尾根上529m頂部(展望所)へ続く道。尤も和田地区の小野尻・富田…山本付近から北方の篠ヶ峰に向かう
  林道沿いに見る猪垣
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山岳一帯に丹波修験道の痕跡が遺るようで、2000年3月頃の山行記録:行者山ー三組尾延命寺山-カザシー岩屋山点名赤井ー高釣瓶ー古天神延命寺山ーカザシー高釣瓶ー等は篠ヶ峰を根本中堂とした丹波修験(山岳宗教)のルートだったか‼?石仏等!?を見掛ける。
  西の岩屋山清水寺跡:南斜面の石垣・石積群
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篠ヶ峰山頂から延びる五つの尾根を辿る・上記の様な郡町尾根は超マイナーな山域だが特徴のある山・尾根・歴史をもつ。「東の岩屋山」岩屋山石龕寺には足利将軍の帰依を受けて京都岩屋山志明院金光峯寺を再興(正平4年 1349)した雲暁が井原郷に寺領寄進を受け来錫されていたものか?。
  清水寺の石段参道と「東の堂」石積み基壇
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井原下荘(井原地区?)の石龕寺に対し井原上荘(和田地区?)に「西の岩屋山」と呼ばれる岩屋山清水寺が岩屋山に向かう尾根筋中腹にある。林道入口の岩屋神社には岩屋山清水寺に祀られていた六所権現(如来・菩薩・明王・高僧…等々種々)が遷された『西堂に早尾大権現不動明王・気比大権現大日如来
  「西の堂」跡に
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大宮大権現釈迦如来?』・『東堂に大行事権現毘沙門天・客人大権現馬頭観音・聖如大権現開山:雲暁禅師か中興の祖:愚中和尚休堂の三棟≺昭和32年?移す>が建つ。HPに神社でも寺でもなさそう…?な…と記していた岩屋神社に
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由来記案内板が設置され記事参照したが、本地垂迹(神仏習合思想の一で、仏が権現の<神の形>で仮に現れる八百万の神々=様々な仏の化身…)。坂尻川の石龕(役行者と不動尊)に比べ五ヶ野のは石龕は少し広く岩窟内隅の窪地に磐から染み出た清水が溜まり(寺名の由来か?)、役行者と地蔵菩薩像(江戸時代中期:
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享保3年(1718)が場所を少し移されているようだが周囲に祀られている。急斜面上にあり岩窟の在る境内南の谷全面には規模の大きな石垣で整備され、本堂跡に地蔵尊?・石階段東側端の石積み基壇が東堂・岩屋の前が西堂跡か?。

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