下滝城Ⅱ 丹波市

下滝城は2004年12月・2011年05月にも訪城している。県道77号からは僅か150m程/下滝集落の東南端の物置小屋が目印で、周辺の様子も…殆ど変わりはないが…!。集落内を北に直進:点名:下滝(273m)から南方へ流れ出て複雑に山麓へ拡がる尾根裾の県道近く最南西端のCa160m:比高約30m程/東南端の谷入口部(藪)から取付く。
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城域の遺構状況は北方へ直ぐ!!幅5-7m程の尾根筋途中?に位置する砦規模:堀切というより尾根筋から落ちる片堀切・竪堀?)と南側に二段程の曲輪が主郭!?。西面に落ちる片堀切…竪堀?)下部の曲輪には古墓碑石が3~ばかり残り、其の西下に民家の屋根を見下ろす。主郭南下の腰曲輪も古墓所跡で墓石碑が下草藪に埋まる。
  主郭から南下部の腰曲輪(廃墓地跡)
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主郭からの尾根続き緩斜面上250m付近の平坦地形(小曲輪?)も切岸・段差はなく、背後の空堀(堀切?)状も殆ど形骸を残さないほどに埋もれ荒れている!?。更に傾斜を増す尾根上に遺構はなさそう。主郭東側は小谷を回り込む様に片堀切まで現状:拡張林道が延びており、小谷を挟む主郭東向い側には土塁付二段程の曲輪があったが上段は林道で消滅!?。尤も土塁付は石が抜かれた古墳?の可能性も考えるが…。
  尾根続き上部から主郭背後の堀切!?(右手竪堀の下部に曲輪(古墓)
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林道は履帯(キャタピラ)重機なら2m幅なので通行可能で、堀切から上方は下滝集落北西からも登ってくる林道を併せて273m峰への主尾根西斜面沿いに続く…。城主や築城時期等の城史不明だが、篠山川沿いに(山南町青田から分岐する)北播磨方面や、山南町井原に出て旧佐治川沿いの氷上回廊を青垣町佐治・春日町黒井方面に抜ける旧山陰道の要衝に面し、西約1kmに篠場城・更に1.5kmの北大田地区の谷間を挟んで西山城・大河城があり、
 竪堀(肩堀切?)下部に曲輪
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此れ等の城塞群が、更に1.5kmのJR谷川駅北の玉巻城(久下城)の支城群の一つだったと考えたいが、丹波守護代まで務めた鎌倉時代の全盛期:栗作荘(栗作郷)領家代官久下氏だが、室町初期・応永の乱の敗戦に浪人の間に波多野元清(八上城)に…また赤井時家(氷上町:荻野直正の父)に横領される等…更には時家に属し明智光秀の丹波侵攻により久下氏滅亡・栗作郷の消失で久下氏の出る幕なく?、時の勢力下の領主居館か!?不詳不知…。
 主郭東:谷向かいの土塁囲み曲輪(以前は2段ほどあった筈!!?)
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一帯の最高位置は平坦地形だが、南正面に篠山川と川沿いの県道77号(延喜式の山陰道だが)を監視出来る位置だが、主郭堀切より北へは高度を上げても東側は丘陵枝尾根の影となり、南下の街道筋・西方へも遠望は効かず、城域を拡張・延長しても防禦性にも欠け・警護守備するほどの兵力確保も無理っぽい!!?。
 下滝城:表示マークの東北丘陵部直ぐの位置なのだが… 

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