金屋の十三塚 丹波市

山南町金屋地区の加茂神社を山に向かうカケジ山麓:ハイキング道標識を右には金屋不動尊・流紋岩、左直進コースに入って直ぐ:林道左手の緩傾斜する植林の中には南北・一直線に、一定間隔を置いて整然と並ぶ 大小13個のほぼ同一規模の円形石積の塚が見える。
 石龕寺裏参道(寺坂道)の町石基石
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此の先:林道は石龕寺・頭光嶽に通じる寺坂道(岩屋石龕寺の奥の院に至る町石道の裏参道で、基石と其の前後に5基ほどが確認されているが、現在通行困難のため説明は割愛するが峠には近在に珍しい東向き地蔵が立ち・右への尾根筋は頭光嶽(此処も曲輪・竪堀等城郭遺構あり)・左に南下する尾根筋直ぐに「寺坂砦」<仮称>が在り後日「頭光嶽城」ともにUP予定)がある。
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13個の石積墳は国指定文化財(有形民俗文化財)で、文化庁の古写真には土盛りされた塚・十三塚刻印の地蔵標柱が見えるが、いまは覆土が流れ落ち石積の塚(室町時代後期?)が残る。全長80m程で中央の親塚(一番大きな凡そ4m四方・高1m程)と其の両側に6個づつの小塚(凡そ2m四方、高さも4-50cmと山城の低土塁程)が並ぶ。金屋の十三塚(十三の列塚)築造理由や時期については、
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民間信仰の十三仏信仰に由来するものか、築造の経緯は不明ながら・ご多聞に漏れず此処にも戦国時代の戦死者や落武者ら13人の供養塚とする伝承が残ります。元弘年間(1331-34)六波羅の北条氏との戦いに敗れ京都を追われた足利尊氏が将兵僅か数10騎で丹波路を金屋の地にまで逃れてきたが追討軍が迫る。13塚近く:金屋大池の畔から岩屋集落中央北部に越す古道(殆ど廃道)があり石龕寺へ、
 通行途絶えた寺坂峠:東向地蔵を下ると石龕寺奥の院へ(廃道)
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また寺坂を奥の院への裏参道だけに13人の部下が尊氏の影武者となり、追っ手を引受け奮闘し自刃した。後に尊氏が部下の冥福を祈って作ったとも伝えられていますが、町石道の石碑は室町時代初期の応永年間(1394ー1423)頃からの造立。伝承によるルートは急登・遠い寺坂峠ではなく、現:金屋大池畔近くから岩屋集落へ抜ける一般?ルートだったのかも?。
  【由緒を尋ねて(丹波叢書第三集 昭和31年版)・現地案内板…等参照】

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