東奥・見長城(仮称)  丹波市

ブログ「織田藩陣屋-譲葉山城4城廻り 丹波市」案内には柏原町内から譲葉山に至る山麓の登山口付近にも幾つかの城砦遺構が遺るが、譲葉山山頂付近にも現在!4つの城砦がある。20数年前の発見:HPやブログに紹介して10数年の譲葉山城(東郭)譲葉山城 Ⅱ(西郭)譲葉山西城だが、
 南尾根南端曲輪付近から主曲輪の切岸
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も一つ東奥・見長城(仮称)については紹介していなかったので改めて再登場!。他の三城と位置は譲葉山(登山ルート等)・譲葉山城の各ホームページや上記のブログに記しているので割愛する。人気薄!?で譲葉権現堂も荒れるに任せられる状態の山上だが、一般ルートして柏原藩織田家陣屋から谷筋沿いに大安寺跡経由と、
 主曲輪(右下方が登山道)
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崇広小学校裏山の大内山や見長方面から辿る南尾根ルートの二本が「T字辻」で合流する。T字辻から東へと460m等高線沿いの快適な登山道側に譲葉山西城(仮称):主郭が4等三角点467m。 譲葉山からは「T字辻」分岐をそのまま南尾根沿いに進むと
 北端主曲輪の浅い堀切!?:登山道は右端下方へ…
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地図上では谷を挟んで「譲葉山西城」とは対角線上に呼応するかたちの東奥・見長城(仮称) がある。此処からの急斜面を降ると目前に見長・崇広小学校裏山の大内山(放送受信施設?のあるピークか?)をみて東奥の天満宮への下降点:大内山から丘陵末端の新町・墓地に降り立つ。
  主曲輪から南端曲輪(右下に登山道)
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二城ともに登山道が明確なので高低差僅か15m程の上部(尾根筋)にある城趾に気付く事もなく、コースを外して入り込む人もなさそうで、通り過ぎるだけの譲葉山西城(仮称)・東奥・見長城(仮称)だが、譲葉山城に附属する前衛の出城的存在で、譲葉山西城が西尾根筋の西口を押え・
 南端曲輪の先端は露岩と崖状切岸が自然の要害:登山道から
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東奥・見長城南尾根筋監視と西南口の押えに備えたものか?。小規模な城域や空堀・曲輪状態からは天正3‐6年頃の丹波攻略に落城し明智方に降りた京都・兵庫丹波の将兵による築城と思え、山麓の柏原八幡山城・山頂の譲葉山両陣城に挟まれて動向を監視される位置にも在る!!?。

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