ノコギリ屋根の風景  北はりま

西脇市を中心に多可・八千代・丹波には山南町でも見かけたノコギリ屋根も、今では其の姿をとどめる建物も少なくなり、懐かしく郷愁を誘う周囲からは異質な風景の一つとなっています。
建物から一日中「ガッチャン・ガッチャン」響いていた機織りの音は、かつては北播磨地域の地場産業【播州織】の花形工場だったのですが・・・。
のこぎり歯様のギザギサ屋根が「播州織」西脇のシンボルとなっていましたが、今では稼動している工場も殆どなく・時に聞こえる織機の音も工場隅の一部からだけの様です・・・(^^ゞ
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殆どのノコギリ屋根の工場跡は倉庫や一部の屋根部だけが残されてガレージに転用されているのはまだしも、荒れるままに放置されポツンと残されているものもあります。
イギリスが発祥とされるギザギサ屋根は明治15年(1882)に大阪紡績会社(現:東洋紡績)に採用されたのが始めといわれます。垂直面側に取り付けられたガラス窓から、自然光を採り入れ、また直射日光を避けるために窓は全て北向きとされ、どんな天気にでも建物内の明るさを一定に保てる工夫がされています。電力供給が充分でなく停電が多かった為の工夫でもあったようですが、製品の仕上がり具合や色合いを検査するのに都合がよいため、特に繊維産業界の工場として浸透していったようです。
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香りや甘みのあるスープが特徴という「播州ラーメン」が嘗ては多くの女工さん達で賑わっていた女性の町・西脇市の繁栄を物語る遺物として残ったのでしょうか?
花形輸出産業としての嘗ての栄光「播州織」のPR館が来住家住宅と並んで在り、直ぐ近隣にはノコギリ屋根の工場が工房として保存・まちづくり活動の拠点となっているようです。勿論:よく立寄る地域情報の発信基地として道の駅:北はりまエコミュージアム【北はりま田園空間博物館総合案内所】も其の一つです。

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