義経伝説・伊勢三郎と鷲尾三郎 篠山市

全国に伝承の残る義経伝説は、丹波:篠山市にも残り、寿永3年(1184)京から篠山・今田へと丹波路を抜けて、三草山に陣する平家軍を夜襲で破り、一の谷~鵯越の奇襲で平家の本陣をへと突入・僅か2日余りで駆け抜けた。
          伊勢三郎の宝筐印塔
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追随した義経の郎党には義経四天王の一人で義経軍最強の剣豪:伊勢三郎がおり、猟師:鷲尾三郎が鵯越のルートを案内したことで奇襲が成功したという。義経に従ったこの二人の三郎を供養する宝筐印塔が、約2.5kmを隔てて篠山町の北部にある。
二つの宝筐印塔を訪ねた際:いずれにも、其の供養塔と所縁の人に出会った。因縁?とも思えないが寄寓ですね・・・(^_-)-☆
           鷲尾三郎の宝筐印塔
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神戸し北区山田にも鷲尾氏屋敷があるが、篠山市鷲尾は三郎の出身地だという。もし其れでなくても、義経が兄:源頼朝に追われ際 消息不明の空白年中(3年余りを丹波修験の道場御嶽の修験者に匿われていたともされる。鷲尾は其の多紀アルプスの南山裾に位置し、十郎屋敷跡【鷲尾三郎は義経から名を1字賜って義久とも経春とも云い、別名に十郎 熊王丸と呼ばれる】は此の期間中の隠遁場所だったとも思えます。南正面に見える笛吹山は義経にまつわる伝承地で笛吹山城ですが大熊城の別名が、また西方約1.5km程には熊谷城が在る。近辺に熊の付く城名も無く?三郎の幼名:熊王丸から付けられた名だろうか(^^ゞ

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