二人の反逆者①  亀岡市篠

京の都を逃れ 老ノ坂を越えて丹波に入る口丹波 亀岡の地は京都に攻め込むにも都合の良い地理的条件を備えているのでしょうか?。大江山の鬼は老ノ坂峠越えにある大枝山だとする伝説もありますが、黒井城の赤鬼(赤井直正)・青鬼 荒木鬼他丹波の武士は丹波鬼とも呼ばれた鬼の国でもありました。
丹波が京の都からみて西北に位置して鬼門にあたることから・・・・さらに鬼尽くしには拍車がかかるのかも・・?
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この峠を越え亀岡から兵庫丹波へ通じる要衝を須磨・一の谷へ向った源義経、六波羅を攻め新田氏に圧されて逃れた足利高氏、「丹波攻略」には亀岡を拠点とし丹波守護として丹波を治めた明智光秀も幾度と無く此処を通った事でしょう。嵐山からの保津峡下りとトロッコ列車で人気の「トロッコかめおか」観光で知られる最寄の駅から歩くには少し遠いが!!?篠八幡宮が在る。
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元弘3年(1333)六波羅探題(京都)から鎌倉幕府の命を受けて、後醍醐天皇討伐の為:山陰道を進む足利高氏は、篠村八幡に陣を張り後醍醐天皇よりの綸旨を受け準備を整えていた高氏は、尊王討幕を宣言して六波羅に北条氏を討つため挙兵した地。後醍醐天皇(尊治親王)から尊の字を賜った高(尊)氏も天皇に反旗を翻す。この時新田義貞に京都を追われた高氏は再び篠八幡に寄り、丹波石龕寺にも再度入って嫡子義詮を残して九州に逃れます。九州で体制を建て直し東上する足利高氏には鎌倉幕府に・後醍醐天皇に、多くの武将が高氏の元に参軍した人気者ですが、其のkげに影にはいつも反逆者の汚名が付き纏います・・・・。 

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