茶臼山城 丹波

山間の兵庫丹波では数少ない平城、しかも土塁・濠跡・土壇等の遺構がよく残される野村城の直ぐ近くに、茶臼山城が在りました。旧氷上郡(丹波市)の黒井城を包囲した明智光秀は、光秀に付いて包囲陣に加わっていた旧多紀郡(篠山市)の八上城主:波多野秀治の背反により、優位な体制は一気に崩されて、命からがら栗柄峠~鼓峠を越えて京へ逃れた光秀も、再び八上城・黒井城攻めに転じます。
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長期籠城戦となった八上城にたいしては、周辺の支城群を落としながら八上城包囲の向城を数多く築きますが、短期戦が続いていた黒井城攻めに、余り考えていなかったが、10数ヶ所の向城が築かれたとされ、現在調査・研究されているT氏の報告書(城郭専門誌と思われますが・・)が発表され・拝読出来れば、未訪城と共に改めて個々の向城を探索・再訪したいと思います。
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その代表的な向城は、一夜城や黒井城の水源を明かした橋詰某の話等の伝説でも知られる小富士城があるのえすが、真北に黒井城を望み、南背後に三尾城があり、その中間部に位置する茶臼山城が野村城の西南方わずか500m程の距離にあります。高さこそ違え・どちらも富士型の整った山です。

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