諏訪城 綾部市

今年初頭・綾部市南西部の高津町に段山城・将監城・高岳城に訪れたが、日を置かず両城を調査されたT氏・M氏からは、夫々の城に隣接して、関連城郭か・別城か・・・市の遺跡地図やその他情報にも無い?城遺構が発見されています。
画像

高津町は当地の国人領主:大槻氏の本拠と考えられ、その主城!?の高津城や、当初は大槻氏の居城とされる甲ヶ岳城へは以前に訪城していた。先に触れた段山城・将監城とは荒倉谷(長谷林道)を挟んで、東側には、高津城~甲ヶ岳城の両城が尾根で繋がり、更に東へ野山砦・東北方へは茶薄山城があり、府道522号線の上延町・安場町に其の山裾を落とす丘陵部にも、城郭遺構が在りそう。特に長谷林道を挟んで将監城とは約250m程の至近距離には廃寺跡(寺名を失忘したが・・)もある。
画像

T氏より誘われて此の廃寺跡付近からの東尾根を縦走して甲ヶ岳城~野山砦を安場町へ下り、諏訪城(愛宕山城)にも寄ってみようとの計画。最後にとっておいた諏訪城は日本城郭体系のも城名が載せて有るという(訪城のバイブルともしていた此の本も、帰郷後は閲覧する機会も・古書購入する機会更になく)。
大槻氏とは同じ何鹿(いかるが)郡<綾部市と福知山市の一部>物部城の上原氏の支城と云い、丹波守護代ともなった上原氏の城遺構には大いに期待したが、幅広い尾根上の平坦地以外には堀切・竪堀等の防備設備を見ることも無く失望したが、物部城の支城というより延徳元年(1489)大槻氏が荻野氏等と丹波守護代:上原氏に反旗を翻して位田城に籠もった国人一揆「位田の乱」の際に上原氏が築城し、一揆衆への賛同・援軍が位田城に向うのを警戒して、兵を駐屯させた向城・陣城遺構とも思えたがどうだろうか・・?。

"諏訪城 綾部市" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント