日円寺五重石塔 綾部市

綾部市上林地区に前回は:積雪で訪城を諦め撤退した井根城を再訪した。其の取付き点となる墓地の尾根筋を挟んで東側に平坦地がある。嘗て隆盛し十九坊・七堂伽藍の大寺院が在った。聖武天皇の天平19年(747)行基により、自ら刻んだ聖観音を本尊とした開基を伝える”中照山日円寺(高野山真言宗)”が建つ。
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辺境の地に在って隆盛を誇った寺院も衰退し、ゆかりの人・帰依し力をかす者も無いまま荒廃、醍醐天皇の代(898-931)空也上人により再興されたが、天正年間の兵火に罹り堂宇は悉く焼失し、僅かに本堂・地蔵堂・山門等が遺る。周辺には寺の段・塔跡・仁王門跡・奥の坊・湯屋・仁王堂の坂等々の地名が残るという。塔跡とされる小広い平坦段の中央部に五重の石塔が遺り、周辺に残る石が塔の礎石と思われます。五輪石塔の背面・塔身には線彫の宝篋印塔(笠の隅飾突起が大きく外に反っているので室町以降-江戸時代の造立か!!?、彫られた宝篋印塔の塔身には梵字の月輪まで描かれている)が刻印され、正面には肉彫された仏像の座造が刻まれている。塔身は南正面を向くが四方仏ではないので南面の彫像が釈迦如来像なのかは定かでないが・・?
  井根城(砦)主郭部の石仏群<曲輪最奥に大堀切が!!>
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井根城(井根砦)への登城は此処から始まるが、尾根筋に沿って何箇所も石仏が祀られているが、随所でよく見かける四国や西国観音霊場巡りの大師道では無さそうです。城域を外れて更に続く尾根筋は蓮ヶ峰(八葉ガ峰)へと延びていく。君尾山-蓮ヶ峰-弥山山へは嘗て山岳宗教の修験道の山駆けルート。行基菩薩が:山容を”八葉連綿して蓮華の如く・・”と表して、日円寺を開創しており、いま残る山道は目的は変わっても・・蓮ヶ峰への修験の道か?。


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