虎御前の供養塔 朝来市

与布土氏館から県道277号を与布土温泉側(西)へ一つ戻って左折して山に向かう幅狭い車道が一直線に南へ延びていく。数回繰り返さないとUターン出来ない程の車道だが、西側には与布土川を挟んで県道276号が川沿いを山に向かうので、此の道を往路・復路に利用して周回出来る。県道276号は粟鹿山(丹波・但馬境界に位置し丹波市側の最高峰)の山塊・粟鹿の峠を越えて加古川源流の丹波市青垣町に通じ、再び繋がる?県道276号線は丹波紅葉三山で知られる高源寺でR427号に出る。
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粟鹿峠に祀られる「お杉地蔵」の伝説が古来:但馬を結んだ間道で有った事を伝え!!?、R427号沿いの与布土川流域に国境警備の衣笠城・与布土氏館・諏訪城・・・等が築かれ、但馬竹田城の城砦群を形成していたのでしょう。
此の谷奥の峰に衣笠城が在り其の西山麓・民家の庭(?隣接して)端に県重要有形文化財「森石造九重塔」が祀られ、虎御前の供養塔と伝わります。平安時代末期:安元元年(1175)曽我兄弟が父の仇を討った「曽我物語」で有名ですが虎御前は仇討ちの後の殺された兄・十郎の恋人で尼となり兄弟を供養し、諸国を巡歴し各地に其の伝承を伝えています。森の九重塔は曽我兄弟の仇討ちより250年を経た南北朝期の建立とされ、台石の左右二方に格狭間を彫り、正面のものは月輪内に・他は粗中央に種子を刻み、軸石に四方仏【東:薬師如来・西:阿弥陀如来・南:観音菩薩・北:釈迦如来】が刻まれています。 (現地:森石造九重塔案内板 及びWikipedia・人名事典等参照)
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山東町森地区にも虎女が足を患い此の地に没したと伝える供養塔が立つ。「トラ」は本来、石の傍らで修法する巫女の呼び名であったとも考えられ、石占(いしうら!!)などを職掌とする回国の巫女の活躍が各地に残されたものと推定され、若狭・但馬・丹波みも残る比丘尼の伝説とも符合してくる様です。
若狭:空印寺の八百比丘尼伝説→ http://kirinosato.fc2web.com/wakasa-obama-siro.htm#kuuinn
但馬浅倉の比丘尼城(熊野比丘尼・歌比丘尼)→ http://tanbakiri.web.fc2.com/TAJIMAasakura-siro.htm
丹波市:慧日寺の八百姫髪塔  http://kirinosato.fc2web.com/sannan-momijimaturi.htm#kamituka
・・・・・他

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