本庄丸山城と森鼻居館 三田市

蛇行して南北に流れる武庫川流域の中でも極端に屈曲する所、穴口山山塊に突き当たって東へと流れを変える所には堀氏の曲り城が、穴口山山上には三田攻めの秀吉軍に落ちた姫の落城伝説が残る穴口城がありました。
  丸山城:主郭西面の切岸
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R176号は武庫川を跨ぐ波田橋を渡り、穴口山山塊から東へ延びる鞍部の峠を越えて南側の”四ツ辻”交差点で県道309号と交差する。此の峠から須磨田三山を巡る低丘陵尾根が東へ延びる。武庫川は此の丘陵裾を縫って流れ丘陵東先端を回り込んで再び南へ流れを変える東本庄付近。
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東本庄小学校近く・日之詰橋から武庫川沿い北方には本庄丸山城(森鼻城)と森鼻居館と推定されている民家が望まれます。  
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本庄丸山城についての城史等詳細は不明ですが、元祖:赤松家一族とされる森鼻氏が築城で、其の城域は三田市内でも最大規模と思われます。藪山でもあり・個人私有地の山城である事から、訪城レポートは非常に少ない。
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北方から南へ落ちる尾根の先端部に森鼻居館(推定地)が在り、山上に向かって尾根筋に築かれる連郭式の曲輪群は尾根を堀切・土塁で区切られた4曲輪群?で構成されています。

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