チブガー 沖縄

中山に武寧を倒した尚巴志と共に北山の攀安知を倒した忠臣護佐丸盛春、南山には茂知附(もちづき)を倒した阿麻和利により三山統一を成し遂げた中山の尚巴志が実質的な琉球王統(第一尚氏王統・父を王位に就けているが)初代ですが、南山:勝連城の阿麻和利が勢力を持ち半独立を保っていたようですが護佐丸の娘が第一尚氏王統6代泰久の正室に、泰久の長女は阿麻和利の妻に嫁ぎ婚姻関係を結び統一王統の後ろ盾としていた。阿麻和利・護佐丸の乱により泰久の双璧家臣が滅びるが、逆臣:阿麻和利の陰謀か?、琉球王府の泰久等による策略により王府の安泰を図ったものかは今もって不詳。
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護佐丸に付いて座喜味城から中城城へ移った豪農に中村家があった。謀反の讒言に護佐丸が王府軍に攻められ中城城に自害すると中村家も離散。護佐丸の子孫は後王府の要職に就き、琉球屈指の名門家として栄えたが、中村家も家運を盛返し此の地の地頭代(庄屋)として復活。中城城近くの豪農:中村家住宅は19世紀初期の建築として国重文となっている。
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勝連城から中城城へはR329を走り県道146号の入ればよいが?、R330を走りナビだけを頼りに屋宜原?付近の住宅街の様な道を走っていてナビのガイドが消えてしまう?。100m程先が此の中村家住宅だった。そのまま県道146号沿いに坂を下っていけば5-600m程で目的の中城城だったが?。此の中村家住宅からの散策で見つけたのが・今走ってきた県道146号側に有ったチブガー(チブ井泉)築造年代は不詳だが大城のウブガー(;産井泉)で、新生児のウブミジ(産水)として、また死者の身体を清める為の水も此のカーが利用された。水量も豊富で洗濯・野菜洗い・水浴び等生活用水としても利用され、多くの人が集まるコミュ二ティ(井戸端会議!!)の場ともなっていた様です。一帯は萩道大城湧水群で、中城城の城内にも籠城戦に有効な井泉<ガー>が取り込まれている。

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