首里城 沖縄

琉球赤瓦屋根・鮮やかに天然の漆が塗られた柱や壁が朱に染まる絢爛豪華な正殿は、日本唯一の朱(あか)い城。沖縄では最大級の木造建築の首里城は、琉球王国の表舞台。
  守禮之邦(礼節を重んじる国である)扁額の守礼門
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琉球の政治・文化・経済(交易)の歴史を包み見込む王都(沖縄県)首里のランドマークです。とはいえ度重なる焼失・太平洋戦争の沖縄戦では日本で唯一の地上戦となりアメリカ郡の砲撃に多くの遺構が全壊・戦禍を免れた宝物庫の貴重な財宝・資料も略奪され戦後に一部が返還されているだけ!!。
   冊封使など・訪れる人を歓迎する意の歓会門
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中山の察度王統の城主(首里城の前身)武寧を倒し・三山統一を成した尚巴志により1429年に琉球王国が成立して以来…薩摩藩の琉球侵攻で王国は終焉?、更に明治12年(1879)の琉球処分(廃藩置県)により最後の国王:尚泰が明治政府に明け渡して琉球王朝は廃絶し首里城約450年の歴史を閉じた。
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其の後・日本陸軍の軍営や学校等の施設に利用され、その廃止・移転等により一部を除き・多くの遺構が撤去されたり埋められ破壊された様です。復旧事業により守礼門が再建され、沖縄本土復帰の昭和47年(1972)国史跡指定を受け歓会門や正殿・周囲の城郭が復元されてきた。
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金の鯱で代表される?鴟尾(しび)をはじめ・各部の装飾には国王の象徴とされる”龍”が多用される等、中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や石組み技術には高い文化的・歴史的な価値があるとして2000年12月「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとしてユネスコの世界文化遺産に首里城址[復元された建築物や城壁は除く]が登録された。世界遺産には首里城周辺にグスク関連として国比屋武御嶽石門・玉陵・識名園、少し離れるが斎場御嶽があるが、守礼門から正殿に向かう観光コース途中にある御嶽石門を観ただけ。玉陵も直ぐ近いので一人旅なら寄らない筈はないのですが・・・
   書院・鎖之間にある首里城内唯一の庭園 
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琉球王朝の租は源(鎮西八郎)為朝だとの伝承から国宝となった正殿の沖縄神社に為朝と歴代国王が祀られた話。正殿の御差床(うさすか)に清の歴代皇帝の4-6代の三種の扁額が掲げられている事や城内に10ヶ所あった御嶽?…等々と、王朝歴史の陰に遺構<復元を含む>無き話題も散存する。[世界文化遺産]としては除かれる”再建・復元された城郭遺構”ですが宮殿や櫓門の復元木造建築物によってのみ、他のグ_スク城の往時の威容も想像出来そうです。

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