西林寺 西脇市

加古川沿いのR175は畑瀬橋交差点で、左に県道559号を黒田庄駅へ、右に県道297号を市原(嘗ての鍛冶屋線市原駅舎が記念館として遺る)への分岐店。西脇病院北方(上戸田付近)から津万・坂本(西林寺がある)・北はりまエコミュージアム(道の駅・北はりま田園空間博物館総合案内所)傍を抜け、畑瀬橋交差点の北方でR175号に繋ぐバイパス工事中。
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畑瀬橋を挟む左右が黒田庄町津万井・畑瀬橋の下流に津万井堰がある。津万郷(津万の里)の中に:あじさい寺の別名で知られる柏谷山西林寺<西脇市坂本>があり、境内に都麻(つま)乃里あじさい園が有る。
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西林寺の山門(仁王門)を潜り本堂に向かう参道の入口に”あじさい園”と石仏が並び、津万井堰を亀甲式の石組に改築する等・加古川の治水開発に携わり津万郷発展の基礎を築いた郷土の恩人として笹倉忠左衛門の顕彰の碑が建つ。
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参道右手に十三重の石塔が建ち、参道からは影になり・まして墓碑なので気付く人も少ない?が数基の墓石が並ぶ島村城城主一族・縁者の建立によるものか?。島村(嶋村)城の築城時期や城史については不詳で、島村城の存在さえ殆んど知られていない様です。
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北播磨にあっては播磨・美作・備前三国の守護:赤松氏の家臣で備前の地域権力を形成してきた守護代(三石城主)浦上村宗の家臣:島村(嶋村)氏が築いた城。赤松氏と戦い討死した浦上氏も、永禄年間には置塩城の赤松義祐に従い、羽柴秀吉による”天正の役”に赤松氏とともに滅んだとされます。
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本堂背後の丘陵上には坂本城(竹ノ谷城)が在った。嘗て北播磨:黒田庄町の這田荘津万郷と、西脇市街地を多可郡中町へ抜ける富田荘にまたがる両荘園を領した在田(有田)氏が領地境の監視砦とした可能性が高いと考えられるが、西林寺から坂本城(山名:城ヶ辻)へは眺望絶佳の良好な低山ハイキングコースです。
 

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