レストラン若駒 錦州亭

今までに何度か登った弘浪山山上には高山寺跡があり伽藍跡に高さ凡そ30m程・目通り6m程の大イチョウが立つ。南北朝期以降南朝方の砦として、足利尊氏の武将で丹波守護になった仁木頼章や、其の守護代の在地土豪:荻野朝忠も南朝に付いて此処に拠り、「太平記」にも後醍醐天皇の挙兵には千種忠顕に従って六波羅に幕府を攻めたが敗れ、児島高徳・在地の荻野朝忠や本庄氏らが(旧)高山寺に拠ったことが記されている。
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高山寺は幾度もの戦乱に砦となり・また其の兵火や天災に焼亡・再建を繰り返したが、台風による大被害等もあって昭和33年山麓の常楽の地に移築された。最近までは余り知られていなかった高山寺の山門前からは元高山寺・高山寺城の在った弘浪山が望まれる。弘浪山高山寺は近年:丹波の代表的モミジの名所として紹介されるようになりました。 
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弘浪山山頂~点名:長野(おさの)奥~へと続く尾根筋に延々と境界線を示す鎖(チエーン)が続く。見晴らしの良い切り立つ絶壁の岩頭からは西山麓の広大な敷地一帯には、まるでドミノの牌を並べた様な景観が拡がる。創価学会関西池田記念墓地公園だが、もう14-5年前の山行記録なので現在はさらに拡張拡大され、いろんな施設も整えられているようだ。尾根筋に続くチエーンの西側一帯が此の記念墓地の敷地となる。
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県道109号線で氷上町上成松に入り、成松北町の交番前を左折し現在は多可郡加美区へ抜ける県道78号線沿いから、南郷城南東山麓の氷上西小学校関連施設のあるJAに寄った際の帰路、幅狭い一本道の突当りを左に折れて池田記念墓地公園に入った。ごく一般的に此処へは下新庄交差点で県道78号線を見送り左折し、700m程先で葛野川を渡るバス道が終点の公園まで延びています。
礼拝堂・コミュニティ会館?間のバス停からは広大な霊園内を周回する専用バスが出ている。弘浪山西麓の芝生の丘の横長い白っぽい建築内にレストラン若駒錦州亭〈丹波市氷上町長野〉がある。
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若駒…といえばブログに若駒 白雲閣-GOCHISOU SAHANがあり姉妹店か…内部には丹波(北播磨を含めて…)名産・名物・特産品等お土産コーナーがある義兄が納めている商品も並べられ、平日の正午過ぎながら、リピータもついて残り少なくなっていた。
レストラン側は明るいホテルのラウンジの様。売店の見本をみて食券を購入。トイレへの出入り口は幅広く自動ドア…うどん・そば類から和食・洋食が揃い割安感もあるが・・・!!?
窓辺の席側には薄いピンクのハナミズキが、礼拝堂・コミュニティ会館?連絡通路沿いには色も種々なチューリップが咲き競っていた。 

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