今北砦 綾部市

綾部市上杉町の上杉荘と上杉氏については当ブログ内上杉弾正屋敷に、八田郷に一時期存在し、丹後街道の要衝で上杉荘の南玄関口を八田川左岸に並んで宮ノ谷砦(仮称)とともに警備警備したと思われる今北砦<綾部市上杉町今北・後野>が在った。
宮ノ谷砦(仮称)側の横縄手から西縄手・今北背後の今北砦を望む
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今北砦の城史一切は不詳ですが、宮ノ谷砦(仮称)とは丹後街道の要衝監視・同様に二つの砦の間を抜ける間道(府道485号)が八田郷内の上村(七百石町・上八田町)・高槻保(高槻町)へ抜ける。上村・高槻保も安国寺等の分領地だが、宮ノ谷砦(仮称)とともに呼応して監視に当たったものか?。
 
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八田川源流部の上杉荘内ほぼ中央部西に位置する今北砦は、東北方に上杉氏居館の弾正屋敷・本拠の居城八田城が、東南の丘陵上に上杉氏の支城:久保城を置き、上杉荘内主要部を包括するトライアングルを形成している。R27号沿いの東八田小学校付近からは北の低丘陵西側に「J-PHONE梅迫局」無線中継局施設が見える。尾根上のアンテナ塔西側約40m程の平坦地形は今北古墳1号・2号墳の墳頂部を削平してマウンド上を曲輪として改修されたもの。
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古墳の間の鞍部が浅い空堀状で曲輪を分ける程度で城砦としての防御施設は未確認。次の訪城予定:上杉氏居城の八田城遺構さえ後世:明智光秀”丹波攻め”の天正始め(天正5年<1577>)頃、八上城:波多野秀治の武将 「青鬼」の異名をもつ籾井教業が此処に拠ったらしい?が、 「籾井家日記」・「織田軍記」による軍記もの伝承では、改修なしで使用されたとしても現状の遺構状況からは史実なのかを推し量れない。

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