丹波佐治城(児島氏城) Ⅰ東郭

スカイスポーツの町:青垣町の代表的なテイクオフ場が岩屋山、そこから竜王山(仁右衛門山)を経てカブト鉢から二股に分かれて北方に落ち込む尾根の末端に佐治城がありました。佐治は京都を発って山陰道(島根県出雲)に向かう丹波路における八宿目の宿場町で、恒例となった「丹波八宿 青垣の秋」イベントが、宿場町風情が残る佐治宿。
   東郭の副郭:大手?土塁虎口
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丹波側では最後:最北端の宿場を発つと遠阪峠を但馬朝来市へ越える国境の町。其の中心地が中央部に中町公民館(来楽館)・西往寺・郵便局や信金…等施設があつまる。道筋に落ち込む二つの尾根先端部が、此の中心部を挟みこむ。佐治城は[氷上郡志]に児島氏城ともあり、八柱神社西方の嶺にあると着されており西郭を指している!?が、Web等でに遺跡地図位置や訪城情報では東郭が主要郭とされるよう。
  佐治宿入口:青垣小学校側からの大手道?を経て虎口へ
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極小規模ながら土橋付き堀切を持つ西城が山城らしい…。一方曲輪は広く削平状況も良く/切岸も高・城域広く大きくな東郭部は、最高所に神社の石壇や低土塁が廻るが、果たして神社や其の神宮寺が在ったところか?、いま一寸混乱し始めているところ!!取り敢えず:先ず東郭から・・・、2008年ブログで一度紹介済の”国境の宿場町 佐治城東郭”は来楽館の手前(東)から山麓に向かう車道の先に八柱神社の鳥居が見えている。
  同:副郭東面切岸と下方にも曲輪段
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断崖上丘陵裾を縫って鳥居の側に通じる幅狭い道が嘗ての山陰道・伊能忠敬測量隊も通った道。児島氏城の名は佐治城主を小島伊豆守意種と云い、元弘年間:後醍醐天皇の挙兵に丹波南朝方として六波羅を攻め、弘浪山に籠もった児島高徳に荻野朝忠・足立氏も参陣しているが・・・児島氏は其の所縁!!?か詳細は不詳ですが西往寺に墓があり法名を意雲と云う・丹波聖人と謳われる小島少斎は意種の末裔…ともある。
  東郭最高所の祠跡?石壇と低土塁
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