再興寺 丹波市

大阪夏の陣に討死した豪傑後藤又兵衛の子;了徹が再興した再興寺への再訪です。紅葉三山で知られる高源寺の北方:丹波市最北部の神楽地区。峠を越えると但馬:生野町や播州加美町へ抜ける大名草(おなざ)へは、先日も常瀧寺の大公孫樹を再々訪してきたが、集落内から東へR427号を渡り、   
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加古川上流の粟鹿峰山麓:大稗に向かい県道276号を詰める上る。終端で大稗集落内を周回する道路の手前で右手坂道の奥に見えるのが神谷山再興寺。「山家なれども大碑は名所 都にもない三如来(釈迦・薬師・阿弥陀)」と謳われた如来像が、大稗川に沿った集落内の再興寺の小さなお堂に祀ってある。蔓草が絡みつく大きな石灯篭・石垣に囲われた一角に
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鐘楼や本堂が並ぶ臨済宗の寺は約1300年以前より粟ヶ峰(粟鹿山)中腹にあり、天台宗の名刹として知られていたが、法道仙人により麓の大稗に遷し堂宇が造営された神谷山西光寺が、了徹和尚【戦国時代の豪傑後藤又兵衛基次の子により寛永年間:臨済宗に改宗され再興寺は再興された
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紅葉は高源寺が有名な為:殆ど知られていない再興寺ですが、此処も鐘楼から本堂へと山の斜面の数十本のモミジが色鮮やかに山裾の寺を真紅に染める事でしょう?。再訪だが今回も時期既に遅し…
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後藤又兵衛基次が大阪夏の陣で戦死、一族は丹波に逃れ了徹は姫髪山山麓のモミジ寺:長安寺(臨済宗南禅寺派 福知山市奥野辺)で落髪して仏門に入り、 後に大碑の再興寺を再興し元禄2年(1689)7月:82歳で入寂されています。
  丹波新聞社 昭和47年 ふるさとの寺[氷上郡] 現地:三尊仏説明板を参照
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県道77号に県道140号が合流する飛の山城西北方の西岡屋交差点近くの大善寺三白稲荷社(飛の山三四郎稲荷)近く、諏訪山古墳群が散在する辺りには後藤又兵衛の5代・6代目の墓碑がある。田畑や宅地・私有地内と思えるが、歴史や由緒を調べていけば何かと新発見もある散策エリアです。
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加西市・姫路市境の神崎郡に鎌倉期より後藤家居城春日山城がある。加西市は後藤又兵衛所縁の地として黒田官兵衛を題材の大河ドラマ放映頃をピークにPRされていたが、加西市境界附近の姫路市側には春日山城の支城で後藤又兵衛出生地ともされ・また城主ともなった南山田城があり後藤基国・基次:父子や一族を祀る後藤霊社が主郭土塁側に祀られてる。

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