妙見砦 丹波市

萱刈坂から穂壷城へ延びる低丘陵上の峰々には低土塁や堀切・帯曲輪等の城砦遺構を見ます。 鴨野城・泉山砦・観音寺砦<仮称>へ継いできた城砦群も此処に着て、やっと鴨野城に次ぐ城郭遺構に出会う。氷上郡教育委員会の埋蔵文化財分布調査報告書(1996年)には、
最南端にある食違い虎口曲輪
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特に妙見砦・穂壷城と其の間:柏原町母坪と氷上町稲継を高い切通し道・深い堀切道・空堀で寸断され、僅か比高15ー20m程の低位置に殆ど切れ目なく続く居住空間(穂壷城関連の家臣屋敷か?)を含めた城域を穂壷城郭群として表記されている。北屋敷・中屋敷等の字名が残っているのも此処か?。
  幅広く段差低く長い数段曲輪が延びる
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切通しや堀切道は尾根低位置にある母坪・稲継両地区の墓地への後世:手が入っての参道のよう。城域を一とする難しい論理は知らないが、居住空間を挟んで南側の妙見砦(柏原町母坪)は穂壷城の南出曲輪?、曲輪遺構が続くが一城別郭と云うより、縄張りからも使用目的を異にする一城砦群として妙見砦<仮称>としておきます。
   休憩東屋背後の主郭櫓台
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能勢妙見宮を分霊された妙見堂周辺の城砦遺構は、最高所129mに10㎡・高さ2m程の土壇が有り、神社の造成時の改修は考えられるが、櫓台付き主曲輪と思われます。北へ一段下がり妙見宮が建ち、 高い切岸下に広い曲輪、さらに北に一段・共に3m程の段差で曲輪が並ぶ。
   休憩東屋と妙見宮間の主郭
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妙見宮整地による改変を大きくは受けてはいないと思える南尾根先には、丹波の城遺構としては珍しい土塁虎口が、北に位置する本城の穂壷城とは反対の城域南末端にあり、尾根幅一杯(幅20m程・長さ約25ー40m程?)の緩傾斜に低い段差で4-5段程曲輪が続き、
 墓地からの旧参道?から妙見宮北側の広い曲輪・高い切岸
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主郭から妙見宮、北に二段曲輪から石段参道下に墓地。墓地手前に数段小曲輪が、墓地の北端には切通し、雑木藪に覆われた曲輪間に二本ばかりの堀切り!!、北端の深い空池?沿いに土塁道!?。正面斜面に取付くと穂壷城の左右・大竪堀に挟まれた間に入る。

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