西山城 丹波市

現:県道77号は東山「鍋倉城(太田城)」の北麓を走り抜ける旧県道139から延びるバイパス道の77号が慧日寺入口・青田大歳神社前をJR下滝駅へ向かう…が、山南町太田の三叉路を北太田へ左折する旧来の県道77号に進む。正面左手丘陵上の大河城を望みながら、篠山川に架かる太田橋を渡りJR福知山線を渡ったところで東へ右折したところで
 北太田の分岐点(旧県道77号)から望む丘陵(西山城)
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北方から丘陵尾根先が落込む端部の頂部に目指す西山城がある。畑内集落から見て西山…だが大河城・北太田集落からは東山…?。南北に長い山間の太河集落を挟んで西に大河城・集落入口の東南端に位置する西山城が呼応するかのように存在する。両城郭の城主や築城時期や目的等は不明・不詳だが、
 主郭南曲輪(前方後円墳):東下段の腰曲輪から
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栗作郷(上久下・久下一帯)を領した久下氏関連の城郭遺構とは思えます。大河城の西山麓・には黒鼠子佐渡守屋敷跡とされる台地が有り鎌倉幕府の検察司:押領使の居館が在ったと伝えるが、天授2年(1376)三宮城(船井郡) 山内越後守憲忠が大河村に住み・荻野佐渡守重定の娘を妻とし足利将軍に従ったといわれる。
 主郭(後円部!!)西面に散存する石片は葺石群!?
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大河・畑内地区中程(北太田):JR福知山線側に大歳神社が鎮まる。ご祭神が大歳・高座(久下氏…)・祇園・国鼠子(山内氏)・両地区に山内姓が多いことからも久下氏傘下?の山内氏に関わる城砦と推察します。ただ西山城は砦規模!!?。延喜式山陰道と南山麓を播磨道(西脇市方面)の要衝監視地点。ただ現状の城趾からは眺望皆無…?。
 西山城北の曲輪から主郭切岸
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西山古墳(前方後円墳)を曲輪に取込んで、最高所に土塁痕と北面に切岸・堀切ありとされるが、北方斜面下部・低い位置の堀切は北太田・畑内間の北鞍部繋ぐ山道か?。以前は堀底状の道から北太田加圧ポンプ場に出たことがあった。城域南面に比べ傾斜は緩やか・大河城に比して中世の城郭遺構にしては防禦面に疑問も?あり、村民避難の逃げの城とも推察してみる…!!?。

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