丹波霧の里BLOG

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help リーダーに追加 RSS 鉄人・源平合戦・嘉吉の陣城  明石歴史散歩

<<   作成日時 : 2007/11/08 08:50   >>

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明石城近くの病院に来る機会があり、ついでに周辺を歩いてみようと「たこフェリー乗り場」から大蔵海岸公園に向って走ってみた。むかしは白砂青松の海岸線・柿本人麻呂が和歌に、松尾芭蕉が俳句に認(したた)めた美観は消え、今はスッカリ様相を変貌させた海岸公園に変貌していた。
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此処から北方の旧西国街道沿いに稲爪神社が有り由緒に、推古天皇の時代:三韓の兵を率いた不死身の武将「鉄人」が来襲してきた。其れを大山祇神社祭神の加護で迎撃した勇将:越智益躬(ますみ)の伝承が残る。街道筋の面影が残る此処は大蔵谷宿が在った要衝で、大蔵院は大蔵谷構(大蔵谷城)の跡と云われる。
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「嘉吉の乱(嘉吉の変と呼ぶ方が正鵠かも!!)」に赤松方が布陣したと云う。赤松円心の孫:祐尚の墓があり彼が陣を構えたとされるようですが・・史実は? 天正期三木合戦では早々に城を出て三木城に籠城したと思えます。
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旧西国道から国道2号線を越えて山陽電鉄人丸前駅近くの住宅地中に腕塚神社があり、智勇兼ね備えた平家の武将平忠度(ただのり)の片腕を祀った小社がある。源平合戦の史跡の多い明石市内ですが、特に天文科学館から人丸前にかけて多く残る様です。「嘉吉の変」に幕府の赤松追討の山名軍が陣した熊野皇大神社へはJR山陽線を越えるが時間切れ・・・・諦めた。

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コメント(2件)

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大蔵院立派で綺麗なお寺ですね。
でも創建後、大蔵院の所属する五山派の五山十刹制度の十刹や諸山などの幕府の官寺には指定されておらず、あまりこの寺を度外視過大評価することは出来ないようです。
おおくら
2008/11/02 07:39
おおくら 様
コメント 有難うございます
須磨 明石から姫治方面へと山陽道を押さえる要衝にあって多くの伝承・遺跡があり遺構は無くとも案内説明板も整備されていて羨ましく思っています。

大蔵海岸沿いの松林 20年程以前と較べると スッカリ車道沿いが 明るくなってしまった様ですね。市役所近くにさえ駐車スペースが有ったような・・?
何もよく思い出せないまま大蔵海岸から 周辺を散策しておりました。
 大蔵院はhttp://www.ne.jp/asahi/tanba/kirinosato/HARIMAakashi-siro-docu.htm#ookura
山門石柱に 臨済正宗・大蔵禅刹と書かれていますね。禅宗には曹洞宗・臨済宗と黄檗宗があるのですが、臨済正宗黄檗派が(明治期に黄檗宗と改められます)
源平合戦〜中世:播磨赤松攻め等で 寺が陣所として使用された例は多く 大蔵院も地理的位置から 其の一つとして利用されたと理解します。寺としては播磨赤松氏所縁の寺であり 城砦関連では・赤松氏の播磨最東前線の玄関口を守備する陣所として やはり外せないポイントではありますね。 

天々
2008/11/02 20:59

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