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綾部市物部町から府道を東北方に走ると、志賀郷町に入る。志賀小学校の先で前方に小丘陵が見える。フエンスに”運動ひろば”の看板と石鳥居が見える。諏訪大明神の参道が其処から始まり、真直ぐ続く参道の奥に諏訪神社の小祠が建つ。 其の前に立つ柿の古木が「志賀の里 七不思議」の一つ・諏訪大明神の柿で、 麻呂子親王(金丸親王)の大江山の鬼退治伝説に繋がる伝承です。後に源頼光の”酒呑童子”に脚色される?英雄伝説ですが、実際は丹波・丹後の土豪を”丹波鬼”の擬えての朝廷が地方侵略と鉱山等の資源を奪取する話なんですが・・・!!。 その柿の古木と諏訪神社の後ろから取付く低丘陵には北野城が在り、応永年間(1394-1428)志賀頼宗が初めて何鹿郡の吾雀庄を賜り、志賀郷の領主として来住し、鎮守として諏訪神社を勧進し、城山の台地に菩提寺の北野山養源寺を創建し、志賀姓を名乗った志賀氏の城です。(綾部市史・・等参照) |
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