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zoom RSS デカンショ祭

<<   作成日時 : 2009/08/17 11:08   >>

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お盆のフィナーレは 盆踊り・・・・篠山城跡三の丸広場の櫓は いままでもデカイ櫓だったが、今年のデカンショ祭り(平成21年 第57回 15〜16日)は特に篠山築城400年祭
           大櫓と篠山城の大書院
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○△工務店等「ささやま百年家」グループが発起人となり、全国的に有名な「デカンショ祭り」を盛り上げるため・また篠山らしさを取り戻す為・・と「デカンショ櫓を木造で造る会」ができ、市建築組合の協力・多くの協賛・寄付・後援を得て、西日本一・いや国内最大級かも!!?の木造ヤグラ(高さ8.7m)木造・入母屋造りの組立て式櫓が築かれていました。
        赤い半被の背には築城400年キャラクター「まるいの」くんも・・
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  篠山藩青山氏の無紋銭と市のマークの敷き幕を廻らした櫓台・夜の総踊りには、此処にデカンショ節を演奏する地方(じかた)の皆さんが陣取って、生うた・生演奏により、踊りの輪が拡がっていたことでしょう。
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櫓を中心とした踊りの輪は 市のランドマーク・篠山城を取巻く輪となり 市民の心を一つに繋ぐ輪ともなり・・・
「デカンショ祭り」実行員会も この「輪」というキーワードをコンセプトに 掲げ・・【変えてはならない大切な「輪」を守りつつ、新しい「輪」を作っていく】・・・・とされています。
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
「ささやま百年家」グループの○△工務店です。いつも「丹波霧の里」を拝見させていただいてます。やぐらを取り上げていただいてありがとうございます。やぐらは日本一の認定をしてもらってます。おやじブログも見に来てください。ご活躍祈ってます。http://ikkyuuoyaji.blog104.fc2.com/
おやじ
2009/08/24 08:35
「おやじ」さん 櫓の普請 ご苦労様でした
「丹波霧の里」HNは天々宇知栗<丹波市・石龕寺の伝説から>です。
前々からデカイ櫓 その上に大書院を模しての木造屋根 立派ですね。今後:このまま組立・分解して再使用し続けたいですね。

大櫓前に掲げられていた「デカンショ櫓を木造で造る会」・・貴社の名で、本郷の本丸社宅 を思い出しました。
シャクナゲ寺:松隣寺の背山に残る草山砦は砦以上の規模の細見将監の山城遺構、山麓に将監の屋敷跡を探して(跡地を示す標柱が残っていたいたらしいのですが?)いて、居館跡地?に本丸の「お屋敷」を拝見。
将監屋敷跡は標柱?とともに未確認ですが、写真添付した南端・川側の崖状地形の場所と思っています。 現副市長さんはどなたか知りませんが!! 金▲さんなら土木・建築を専攻されているようで 理解・協力は早かったのかも?・・
日本一の次は ギネス!!ですね
天々宇知栗(天々)
2009/08/24 14:30
早速のご返事有り難うございます。やぐらは100年使ってほしいと思っています。とりあえず5年は私達で組み立てます。

細見将監屋敷の件につきましては 今当地区の郷づくり協議会の一環として57年前に作られた「村史」(草山村・・旧西紀町北地区)を読み下し今年度中に発刊する予定となっています。そこに将監屋敷の記述も有りますが
標柱は残念なことに圃場整備の時田んぼの下に埋まってしまったようです。
私も興味が有りますのでいろんなことを教えてください。
「村史」出来掛けですが一度ご覧ください。
ここです→http://image01.wiki.livedoor.jp/n/i/nakaioyaji/19bad74e.pdf
発刊されれば進呈させて頂きますがどうでしょうか。
おやじ
2009/08/27 19:06
「おやじ」さん ありがとうございます。
改定とはいえ分析・解析・調査・確認と大変なご苦労ですね。しかし熱心な地区自治会でしょうか! 故郷を見直し活性化の活動と努力は羨ましい限りです。
草山地区は旧領主・細見氏関連からは、直ぐ北方・塩見谷(三和町友淵)にある明智光秀の「西の古城」等と深く関わり、元々は塩見氏の城では・・と思っています。
いろんな伝承に興味が尽きませんが、和泉式部関連では、娘の小式部内侍が 大江山いく野の道・・を詠んだ細野峠が菟原にあり、母ではなく娘が長旅を癒すや為逗留したかも?
http://www.ne.jp/asahi/tanba/kirinosato/KYOTO-hosonotouge-docu.htm
将監居館についてはジックリ検討したいですね。上屋敷・下屋敷と使い分け一箇所ではないかも!!
将監旧蹟碑があったのは左近将監宗信の館の様で? 臨戦・見張所!!の川阪城を築いた貞実の屋敷等も在ったのかも。もっとも何代にも渡たって将監を称する誰の居館かは定かではなくなりそうですが・・・
 また陣営の跡(10章)の一つは金ヶ嶽(小金ヶ岳)からの北尾根にある川阪砦で、草山城・本丸社宅と同じページに載せていますが、城史不詳でしたが、藤坂から福井(大芋)へ抜ける間道で、塩見氏としての築城目的が少し見えてきた気がします。
丹波市懇話会の:民俗学では久下氏・総合的には中野氏等専門家の助力が得られれば良いのですが・・。
天々宇知栗
2009/08/27 23:24

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