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<<   作成日時 : 2017/04/27 09:21   >>

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R176号線篠山市大山下交差点を県道77号に入る篠山川沿いは川代(かわしろ)渓谷を抜ける。殊に篠山・山南町境を山南側に入るとJR福知山線沿いの峡谷に変わる。むかしからの通称!?「川代渓谷」は磐を喰む流れが急なところもあるが、加古川合流点まで流域全域の高度差は大きくない。
  丹波竜発見・発掘調査現場
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渓谷より両岸が狭まる川代峡谷の名称が地形的にも妥当の様です。桜の名所でもあり川代峡谷の出口となる川代公園(吊り橋を渡って公園キャンプ場・BBQサイト等)があり、西へ約400m程進むと踏切・県道292号との合流点側に丹波竜の里公園(恐竜広場)前。実物大の丹波竜モニュメントを見る。
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此の県道292号(旧林道?)が鐘ヶ坂や川代峡谷を避けて通じていた延喜式山陰道でR176号西古佐から丹波茶で知られる味間から丹波焼の今田や西脇市に通じる県道36号途中から山南町最東南部の阿草集落を抜け出たところで恐竜広場前で合流する。
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丹波竜の里公園の企業組合「元気村かみくげ」と化石発掘体験コーナー・発掘現場見学コース入口部に新たに(2017年3月)出来たのが恐竜広場。実物大の迫力ある丹波竜(体長15m、体高7m)モニュメントに圧倒されながら其の想像・期待感をもって発見現場に向かうのも良いですね。
  JR下滝駅前:ふれあい親子恐竜像 
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恐竜広場オープン後も発見場所までの圃場沿いには恐竜足跡のカラー塗装・篠山川沿いの連絡道?(フェンスに囲まれているが)、展望広場や発掘現場の骨格等産状レプリカや子供らが遊具感覚で触って遊べる小広場も出来ている。
  発掘現場の骨格等産状レプリカと旧村営発電所
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企業組合「元気村かみくげ」には新鮮地産な農産物や丹波竜グッズ・おみやげ品等が販売されているが、手作り菓子類のなかには お野菜カフェ&菓子工房sannan*さんの商品も置かれていた。
  旧上久下村営水力発電所
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丹波竜「タンバティタニス・アミキティアエ」発見現場の上に建つ旧上久下村営水力発電所は関電に引継がれたが大規模な発電施設の整備により廃止され、荒れるに任せられていた総煉瓦造り建築は貴重な山南町文化遺産としての認識され、丹波竜発見と相俟って、利活用保存が検討されていた頃の画像。丹波竜が発見された1年後、付近の県道沿い田圃に展開されていた”田圃アート”の画像は…HP”http://tanbakiri.web.fc2.com/TANBA-kanegaska-siro-docu.htm#batou”にある。
  新装成って揺れも小さく・渓谷美が眺められる広田の吊り橋
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その他…丹波竜関連ブログの案内です ↓

丹波竜  http://40437108.at.webry.info/200703/article_2.html
ちーたんの館 丹波市 http://40437108.at.webry.info/201604/article_17.html 
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田圃ART:丹波竜   http://40437108.at.webry.info/200709/article_7.html
出現!!「丹波竜」   http://40437108.at.webry.info/200712/article_3.html?pc=on
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
天々さん、こんにちは。
大変ご無沙汰をしておりますが、ブログの方はいつも楽しく拝見しております。
お変わりなくお元気そうで安心致しました。
私もお蔭さまで元気でやっております。

私の方は以前からやっていた一族のルーツ調査もようやく最終段階に入ってまいり
5月終盤には同族の方による執筆で、出版会社もまた別の同族の方による、書籍(あくまで非売品ですが)を発刊する事になりました。
野坂一族の所は私の知り得る限りで資料や写真などの協力を致しました。
その調査の為、今年に入り頻繁に帰省しております。
もちろん川代公園を通るので、吊り橋をドキドキしながら渡り、桜の公園を家内と散策したり、丹波竜の所にも寄ったりしています(^^)
実家に帰った際に天々さんにご連絡しようかと思ってはいるのですが、母の様子を見たりして、兄とも積もる話で長くなり、おまけにお墓参りに行っていると時間が無くなって、慌てて家に帰る状態です。

また時間を作って帰省した時にご連絡させて頂きますね。
その時にまたゆっくりお話したいと思います。
YORI
2017/04/28 09:41
YORIさん ご無沙汰しております
一族のルーツを追うには、解けない謎を追っての資料や現地聞き取り調査等 途方もない努力と時間を要された事でしょう…大変でしたが其の成果と達成感もおおきいですね
未だまだ未解決・疑問も山積みとは思いますが。先ずはおめでとうございます
依藤城の一「小沢城」の顕彰碑に宇野(依藤)八郎豊季が築き後 小田城に移るとあり、赤松を名乗った円心に行きつきますネ?。播磨守護赤松氏が西播磨を宇野氏・東播磨を別所氏に守護代を任じたことで、嘉吉の乱後・赤松旧臣を押さえ別所氏の勢力拡大急進もわかるような気が… 赤松最有力被官依藤氏については嘉吉の乱の城山城・柳本賢治との戦い・三木合戦前哨戦に別所氏が攻めた冷泉家…等知られる部分が垣間見られるだけ。悲運の武将のエピソード、依藤氏の長い空白の時間が浮き彫りになれば…
丹波市とくに山南町は隣国播磨側からの落武者の郷の様な気がしてきた。野坂依藤氏について 更に織田家の代官をしていたとは…!!
ブログにも記した隣村にある篠倉豊後守屋敷も代官屋敷と思えます。此方は和田鶴牧藩関連と思いますが…
先日の牛居構居の中村牛居之祐夫人も奥野々に永住。牛居之祐・夫人・嫡男ともに、それぞれの地で三木合戦後も存命しているが、何故会えなかったのか?・存命を伝える手段もなく諦めていたのかも疑問ですが…
連絡 お待ちしています。
天々宇知栗
2017/04/29 08:57

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