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zoom RSS 猫山は根小屋… 丹波市

<<   作成日時 : 2017/04/06 22:31   >>

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先日:市役所春日庁舎・春日文化ホール間の広場を会場に年一回の福祉関連イベント<チャレンジ・スペース>が行なわれ、参加の妻を送っていった際、山手の興禅寺に至る黒井城下の旧街道筋を歩いてみた。会場の春日庁舎からも正面に黒井城が望まれ、登城中らしい子供達の声も聞こえている。
  猫山の南端
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黒井川沿い満開の桜堤景観を拝する未だ未だ遠い。春日町に入って直ぐ・船城小学校付近では秋にも狂い先の桜をみることさえあるが・・・。初夏からは黒井川庁舎側に10数年前までは見掛けたオグラコウホネだが、保護柵も無いようで、既に絶滅したのかな…。
  猫山背後の稜線続きに黒井城の主郭部石垣を望む
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R175号野村交差点からの車道が交差する「黒井東交差点」を東へは、東山砦(詳細不詳・北の尾根続きに的場坂・的場砦が、黒井本城の東尾根筋に多田砦も…)側を抜け七日市(春日IC付近)、更に多田でR171に合流。正面に春日小富士山(明智方の小富士山城・本陣)が見える。
  猫山山上部も丘陵裾部も墓所だらけ…
    三尾山城・高尾城(長谷城)を望む
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「黒井東交差点」を旧街道筋へと北に入る約100m程にある東西・南北共に約100m程・比高20mにも足りない程の極小独立丘陵は北面を除く三方が集落に囲まれる猫山。北方に再び盛り上がる丘陵続きに松明山が、尾根続きに黒井城へと延びる。地形図や山名からも!!猫山は”根小屋”の山の意味とも思われ家臣団家屋敷跡とも考えてみる。
  猫山から東方・間近に東山砦・中央左に配水タンクが見える的場砦
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此処からは夜道を松明を翳しながら尾根を伝って本城の黒井城に向かう「搦め手道」が通じていたとも思えた。現状の猫山は山裾周辺から山上部にかけ全面が墓地!!?。山上からは南正面に茶臼山城(明智軍の向城)と正対し、東方には上記:東山砦から小富士山城(光秀軍)が、西方へは茶臼山城の隣に火山城(土取で壊滅!?)や、東間近に東山砦(詳細不詳)・的場砦に呼応し、明智軍の本陣・小富士山城を望む。
  黒井盆地の西入口に横田城・野山城/朝日城・天ヶ獄城(仮称)、眼下に旧街道
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西方に目を移すと朝日城野山城・野山城の尾根南端に秀吉方が陣したともされる横田城・朝日城の背後:向山連山の四ノ山山頂には天ヶ嶽砦(仮称:黒井方の砦が明智方向城に利用されたか?)…等々が望まれ、南方:篠山から佐仲峠や栗柄峠越えの但馬道や東方:福知山方面からは猫山裾を黒井城下に入り、天王坂を氷上町へ抜ける。
   小山公民館から猫山と松明山側の間から的場砦が見える
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黒井川を挟む流域一帯の諸城砦群の見張り・連絡所としても、街道や市場:黒井城下や興禅寺への出入り監視にも適所。亀山藩(現:亀岡市)の松平家が春日町黒井・棚原・長谷・多田・野上野等大部分を所領としていた1800年代頃?、亀岡藩氷上郡代官所は<<黒井小学校付近と推定される以前>は猫山の西・約250m程の八幡宮と考えられていた様だが、中世の砦・近世に至るまで監視所であった猫山=根小屋としての可能性を捨てきれず、地元調査等資料を拝読してみたいところですが…。

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